意図的放棄:ビジネス成長戦略はまず何を排除するかを決める事から始まる

戦略マネージメントコンサルタントである私は、「ビジネスの成長戦略開発への最良の取り組み方は何でしょう。」という質問を受けることがよくあります。そして私が「ビジネスのどの部分を切り落とすかを決めるのが、最初のステップですよ。」とアドバイスすると、大抵の方は驚かれます。

私のクライアントの中でも特に成功されている方々は、成長戦略を開発する際にまず行う事は、どのようにしてビジネスを伸ばすかを決定する事ではないということを理解されています。最初にやるべきことは、何を放棄するかを決める事なのです。この直感に反したようにも見える真理は、もう何十年も前にピーター・ドラッカーが説いたものですが、現代でも当てはまります。ドラッカーはビジネスがその成長に伴って必要なくなったものや、時代遅れだったり非生産的なものをどんどん切り捨てる組織的なポリシーを持つべきだと主張しています。これに対して反対意見を持つ人は少ないようです。しかし、ドラッカーはここからさらに一歩進んで、「今、稼ぎの元となっているものでも、必要に迫られる前に放棄するべきなのはもちろん、とても放棄したいと思うようになるより以前に放棄するべきである。」と提唱しています。この「前に」というのが管理職の方々には理解しづらい部分なのです。収入、利益をまだもたらしてくれているビジネスを何故手放さなければならないというのでしょう。 

ウォルター・アイザックソンの書いたスティーブ・ジョブズの伝記を読むと、この意図的放棄の原理が見えてきます。1997年にスティーブ・ジョブズがアップルに復帰した際、彼がまずアップル再興の為に行ったのは、アップル製品のラインアップを4商品に絞る、という大幅カットでした。ジョブズは意図的放棄を習慣のひとつとして行っていたのです。アップルの管理職レベルがiPhoneが当時アップルの最大の収入源であったiPodの売り上げを奪い取ってしまうのではないかという懸念を表した時も、ジョブズは気にも留めず、その歩みを止める事はありませんでした。同様にiPadがMacBookの売上に与える影響に対する懸念も一蹴しました。

アイザックソンはアップルのやり方をソニーと比較しています。ソニーでは、現存商品の競争相手となるような新商品のアイディアは採用しないことが度々あります。しかしこのやり方は、長期にわたり、どのような影響をもたらしてきたでしょう。停滞。衰退。一時は業界のリーダーであり流行を仕掛けていたソニーも、いまでは過去のものと見られるようになりました。90年代には銀座のソニーのショールームはエキサイティングな新商品を見て触りたい人で賑わっていたものです。それが今では、かつてソニー・ショールームのあった場所からさほど離れていないところにできたアップルストア銀座店で同じ光景が見られるようになりました。

会社は成功のきっかけとなったビジネスややり方にしがみつく傾向があります。その可能性が低くなっていっても、開発の手を止めないのです。それが会社のアイデンティティーの一部であるから、というケースも時々目にします。私が大変成功していると言える日本の化学薬品会社のマネージャーの方々に、「どういったビジネスをされているのですか。」と尋ねると、決まって「メーカーです。」という答えとともに、日本の工場に対する賛辞が戻ってきます。製造業というのが身に染み付いている訳です。第二次世界大戦直後に作られた日本の会社の多くと同様、製造業が彼らにとっての成功をもたらしました。ですから製造業以外のビジネスです、などということは、裏切りと同様に感じられるのです。しかし、一時は最先端を行っていた工場で作られる製品も、最近では海外の低コストの代替品にどんどん圧迫されるようになってきました。

同じマネージャーの方々に、一番成功しており、利益率が最高で将来の成功が最も見込める製品は何かを尋ねると、まったく異なった返事を頂きます。自社の研究所で開発された特許取得済みの材料で作られた製品のこと。いかに社のグローバルネットワークをとおしてそれらの製品をグローバルブランドに販売しているかということ。しかしここでいう製品は、どれも自社工場で作られている訳ではありません。製造は他社に外注しているのです。

この化学薬品会社は製造業と言えるでしょうか。それともマーケティングに強みのある、テクノロジー・イノベーションの会社になったのでしょうか。確かに老化した工場で作られる製品は、未だこの会社の稼ぎ頭ではあります。しかし、必要にせまられてこのビジネスに力を注ぐ事を止める事になってしまうまで、どのくらいの時間が残っているというのでしょうか。

これらの質問に対する答えが、戦略の方向を決めるにあたってどのような影響を与えるか想像してみて下さい。もし「弊社は製造業である。」という考えに固執し続けると、戦略オプションは、ますます飽和し共有化されてきた市場に対応するために、浸食されつつある製造業者としての立場を強調するような対策方法に重きを置くようになっていくでしょう。しかしながら、見方を変えて、イノベーションそしてマーケティングの会社であると自覚するようになれば、製造ビジネスを止め、R&Dやマーケティングの強みをもっと活かしていくという道が開けるかもしれません。

残念ながら、アイデンティティーを手放すのは難しい事です。ドラッカーが言った通り、今、利益を生み出しているものをあきらめるのはたやすい事ではありません。ビジネスが何年もかけて下降し、復興の見込みがないというショッキングな現実に目覚めるまで、 マネージャーが「何とかしなければ」と気づかない事もしばしばあります。

会社は利益が出ている最中でも、常に古いビジネスに終止符を打ち、新しいビジネスの為のスペースを造り出し続けることが必要です。躊躇や後悔なしに行いましょう。これは思考、価値観、ビジネス文化の一部であるべきです。どんな成長戦略開発であっても、これは最初にやるべき事なのです。

ここであなたのビジネスを振り返ってみて下さい。手放すべきビジネスに固執していませんか。現在のビジネスのせいで、将来のアイディアや製品の開発や市場開発、顧客開発、期待以上の価値創造が滞ってはいませんか。

この次に成長戦略を考える時、まず最初にやるべきことは何でしょうか。