スティーブンのブログ

無神論者のための居場所も必要

戦略的な変革にはいわゆる宣教という言葉がよくついて回りますが、私はそれを良いことだとは思っていません。ビジネスリーダーが選択した戦略の方向が正しく、他の全ての選択肢など除外するべきだと人々を説得するためにその言葉が使われる時など、尚更です。

ビジネスの他の選択肢を選んでしまえば、それが同様に成功したかもしれない場合でもそれほど賢明ではないとか、見識が大してないとかいった風に見られているように捉えられるので、説得される側の人々からすれば屈辱的なことです。

自分の意見に反対してもらいたい場合にこそ、宣教するべきなのです。

戦略的な変革の殆どは、それがいくら大規模なものでも、複数の有効な選択肢の中のひとつであり、例えその中の他の選択肢を選んだとしても成功する可能性はあります。問題なのは、それが自分の求めるような成功であるかどうかというだけのことです。しかしながら、マネージャーが、ひとつしか正解のない数学の問題のように戦略を取り扱うことがあるのをよく目にします。彼らはとにかくデータを集め、十分なデータさえあればその中から正解が魔法のように導き出されると信じているかのように、より多くのデータを得ることに固執します。そのようなことが起こる可能性は殆どないのですが。

彼らはまた、最新のツールさえあれば素晴らしい戦略が生まれると信じているようで、とにかく最新の戦略フレームワークを当てはめようとします。しかし戦略とはそのようにできるものではありません。

戦略とは何をするかというよりも、何をやらないかということを決定することにずっとその重要性があります。ビジネスを動かすやり方は山ほどありますが、それがあなたの求める「成功」に導いてくるものであれば、それが成功するやり方であると言えます。そしてあなたが求めるものが何かを示してくれるツールなど、この世には存在しません。

あなたのビジネスにとっての成功とは何かを決められるのはあなただけで、その理由を理解できるのもあなただけです。

日本のある金融サービス会社は、高度のサービスと柔軟性を重要視する顧客には、最高の価値のある商品のみを販売しようとしています。また他の金融サービス会社は、低コストを重要視する顧客をターゲットとし、ありとあらゆる種類の商品を提供しています。この2社の戦略はまるで正反対ですが、それにも関わらず、両社ともそれぞれの戦略で成功を収めています。実は両社とも両方の戦略を検討した結果、現在の戦略を選択し、もう一つは棄却したということを、どちらのマネージャー達も知りません。

どちらの戦略も間違ってはいません。二つの会社の間で異なっていたのは、成功の定義だったというだけです。

改宗して現在は敬けんなカトリック教徒となった友人は、よく自分の宗教について語りますが、何が正しい、という喋り方はしません。彼が語るのは、なぜカトリックが自分のためになっているか、ということのみです。彼は他人を改宗させようなどとはしませんが、もし改宗させるのが彼の意図であったとしたら、これは最も効果があるやり方だと思います。彼は決して人々が神を信じるべきであるかとか、神とは何か、といったことは話しません。彼が話すのは、なぜ彼がカトリック教徒となるという選択をしたか、ということだけです。他の人々は彼らなりに考えて選択をし、それは彼の選択とは異なるものかもしれませんが、彼はそのことも受け容れています。

あなたはどうですか。自分の会社で自分に賛成してくれない人々に宣教したいなどと思っていませんか。

自分のビジネスの戦略がどれだけ正しいものか、と説くのはやめましょう。代わりに様々あった有効な選択肢の中で、何故自分がその選択肢を選んだのかということを説明するのです。

本当にできるリーダーはいつでも自分の戦略を理解しない人や無神論者にも居場所を作り、また敬意を払うものである。 Click To Tweet


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