スティーブンのブログ

No Settlement for Augmented Reality

拡張現実に甘んじるべきではない

機械は、現実の人の間の関わりの代わりになれるものではありません。バーチャル・リアリティが本物より良いなどということは決してないのです。最近パリを訪問した時も、この事を改めて思い知らされました。

従来の書店ビジネスを破壊してしまったのはアマゾンであると言われています。しかしながら、パリに散在する小さな書店は、フランスでもアマゾンがビジネスを展開しているにも関わらず、どういう訳か生き延びています。どの書店をとってもその大きさは、米国の書店チェーンであるバーンズ・アンド・ノーブルの平均にも及ばないようなものですが、それでも営業を続けていけているのです。彼らは機械がもたらす効率の高さといった面ではアマゾンと競争しようとはしません。代わりに人間関係や気持ちの良い経験を提供することに焦点を当てています。そしてそれは人工知能にとっては、人間に叶わない分野なのです。

私はパリに滞在する時には、本を買うことにしています。パリの書店のウィンドウには気になるタイトルや有名な作家、魅力的な表紙のデザインなどの本が、美しく並べられており、通りがかりの人々に中に入るよう、誘っています。ある土曜日の午後、私もまたラテンクォーターの角にある本屋の窓にあったベルギー人作家アメリー・ノートンの出たばかりの小説に惹かれて、そこに入って行きました。

その書店は顧客で一杯で、少なくとも3人のスタッフが彼らにサービスを提供している様子は、まるで高級ホテルのようでした。そして私が本を探していると、そのスタッフのうちの一人が「何をお探しですか」と声をかけてくれました。私がどの本を探しているかを説明すると、彼女は本のある場所を教えるのではなく、わざわざ自分でディスプレイ用のテーブルに置いてあった本を取ってきて、私に渡してくれたのです。次に彼女は他にも探しているものがあるかと聞いてきました。丁度戦場の報道写真家ゲルダ・タローの伝記も探していたのでそう伝えると、彼女はその本は全て売り切れてしまい、在庫もない事を説明してくれました。しかしそれだけではありません。彼女は続けてタローについて書かれた別の本を勧め、その本も自分で棚から取って私に手渡してくれたのです。結局私は代わりにその本を購入しました。

その上、私が写真に興味があるとわかった彼女は、次は後ろの棚からアメリカ人の写真家モリス・ライトの素晴らしい装丁がなされた写真集を取って見せてくれました。私はその本の布製のカバーに触れ、素晴らしい白黒写真のページをめくってみました。彼女が言うには、その本の写真は現在パリの博物館に展示中で、私も楽しめるかもしれないとのこと。そして博物館の住所まで私のために書き留めてくれました。今私はこの記事をパリのカフェに座って書いているのですが、今のところその写真展に行く時間があるか、まだわかりません。しかしその写真集の方はしっかり購入させてもらいました。

その後、日本関連の本のコーナーもチェックしてみました。そして東京を舞台とした写真集と、日本風の折りたたみスタイルで製本された北斎広重の素晴らしい木版画集とを手に取りました。フランスの出版会社は本当にエキゾチックなものに対しての見る目を持っているようです。そこでこの2冊も買うことにしました。店に足を踏み入れた時は、ウィンドウに飾られていた小説を一冊買うだけのつもりだったのに、店を出る時には100ユーロ分以上の本を抱えていたのです。しかも嬉々として。

これらの本を全てフランスのアマゾンから取り寄せることも可能でした。あの売り切れだった本をホテルまで配送してもらうことも出来たはずです。探し求めていたタローの伝記をネットで検索してみると、アマゾンのお勧めリストが出てきました。そのリストにはあの本屋の店員に勧められて購入したタローの本も含まれていましたが、それは20冊以上のリストの中に埋もれており、特に目立つものではありませんでした。このアマゾンのお勧めリストは、結局のところ人々の購入パターンを基に作られているに過ぎません。それが本当に私にぴったりであるとは限りません。アマゾンは私にモリス・ライトの本を勧めてくれたりはしませんでした。そこまでやってくれるのは、人間だけです。アマゾンのウェブサイトで北斎の本のリストに添えられた版画は通行人のもので、その本の魅力を伝えるのに十分なものではありません。私があの本を買おうと簡単に決断できたのは、本を折りたたむ、という触覚による体験をしたからこそなのです。

アメリカで最後に書店に行った時には、どの階もがらがらでした。中に入っているコーヒーショップの店員の数方が、書店の店員の数より多い程でした。書店の本棚の間には検索用の端末がポツンと置かれており、顧客がそれを使って自分で探している本の場所を探せるようにしてありました。私がやっと店員を見つけて探している本がどこにあるかを教えてもらおうとした時など、結局わかったのは、その端末に映し出される在庫リストが間違っている、ということでした。

実際に店舗を構える小売業者がそのような状態に甘んじる必要はありません。今回のパリでの経験で、またその事を確認できました。しかしながら、我々はついつい自分達も機械のように振る舞う事で、機械と競争しようとしてしまう事が多過ぎます。人によっては人間の知能を信頼することさえできなくなってしまったかのように見えます。機械は我々のネット閲覧パターンを記録して人工知能に学習させ、より高額なものを買わせようとしたり、もっとひどいケースでは、我々の誰が昇進に値するかとか、人として成長するための投資に値するかとか、社員として雇うのに最適か、などといったことまで分析できるのですから、どしてわざわざ人間に頼る必要があるのか、と考えているようです。

機械の能力を恐れるばかりに、決断を行うことまで機械に頼ってしまうことも多過ぎます。あまり頻繁に人間が行うべき判断を機械に任せてしまうと、運動をしないと筋肉が衰えてしまうのと同じく、人間の判断能力もどんどん衰えてしまいます。人工知能の素晴らしさにやたら焦点が当てられているので、社員たちが自分の本物の知能をどのように使えばいいのか忘れてしまうこともしばしばあります。

テクノロジーが現実を拡大させてくれるなどと信じないように。我々が暮らすのは、放っておけばどんどん縮小していくような時代なのだから。 Click To Tweet

日本では、日常的に公共の場所で人が集まっているのを目にしますが、彼らはぞっとするほど無言でぶらつきながら、スマホを使ってポケモンGOに夢中になっています。皆、同じゲームが好きな者同士であるのは明らかですが、周りの人のことなど全然気に留めてもいないようです。

パリでは、マレ地区の通りをスマホを食い入るように見つめながら歩いている人々をみました。周りにある17世紀の素晴らしい建物には全然気づいてもいないような様子で、彼らは狭い道を通り過ぎていました。

ビッグデータと拡張現実に象徴されるこの時代、一番重宝されるのは人間同士の関わりと肌で感じられる体験です。あなたのビジネスは、どこに力を入れていますか。


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