戦略ツールなどいらない

新しいカメラを使ったからといってより芸術的な写真が撮れるというわけではありません。それと同様に、ビジネス戦略においても、新しいツールを使えばより良い結果が出せるというものではないのです。

つい先日のこと、東京秋葉原にあるヨドバシカメラで、ある有名なカメラのメーカーが、最新のカメラの新しい機能をお披露目するためのセミナーを行っていました。そこに集まったのはだいたい似たような年の男性が殆どで、セミナーの内容に真剣に耳を傾けていました。彼らはカメラメーカーの思惑通り、最先端のカメラを使えば自分の写真の腕も上がるだろうと期待しているようでした。しかし、写真を撮るのはカメラでなく、人なのです。どのカメラを使うか、など関係ありません。

大切になのは、ものを見る目、創造力、美学センス、構図の取り方、シャッターを下ろす最高の瞬間を選ぶ能力、といったものです。これらは全てカメラの機能ではなく、写真家自身が持つ要素です。最大でもカメラ自体にできることは、写真家の邪魔とならないようにする程度のことでしょう。私の言うことが信じられなければ、何年か以上前にご覧になった中でも最高の写真を思い浮かべてみてください。美術館で目にしたものであろうが、ナショナルジオグラフィック誌の表紙を飾ったものであろうが、その写真を撮るのに使われたカメラは、今あなたがお持ちのカメラに比べれば劣っていた筈です。

戦略においても似たようなことが言えます。現在、もしくは以前に存在した本当に素晴らしいビジネスのことを考えてみて下さい。そのどれもが現在存在する最高のツールを使うことなく、戦略開発を行ったのです。どれだけのケーススタディに関する本が、成功したビジネスをフレームワークに組み込もうとしても、その事実は変わりません。

比較的最近のことですが、日本でも最大規模に入るような銀行で戦略がうまくいっていないことが明らかになってきました。彼らが使っていた戦略ツールはすでに20年前から存在する古いものだったので、戦略プランニングの責任者は、そのツールを新しいものに変えることが必要なのだろうと思い込みました。そこで彼が私に聞いてきたのは、「現在一番良いと思われる戦略ツールはどれでしょうか。」という質問でした。

そこで私が返した答えは、「そんなものは存在しません。」というもの。

ツールが戦略を作るのではないからです。戦略を作るのはあくまでも人なのです。

この銀行での問題は、リーダーの考え方にありました。もっと正確に言うと、彼らが考えようとしていなかったのが問題だったのです。

戦略作成において大切なのは、自分の周りの世界をどのように捉え、理解しているかということである。そのために選択するツールなど問題ではない。大体どのツールでも使えるものなのだから。 Click To Tweet

著名なビジネススクールの学者達は、定期的に新しい戦略ツールややり方を考案し、企業の間ではそれらがしばらくの間は良く使われるようになるものです。私もその時々の最新のツールについて意見を求められることが良くあります。

そのような時の私の答えはいつも決まっています。「このツールが本当にビジネスの万能薬なのであれば、どうしてそれを発明した当人は、そのやり方を使って起業してお金儲けをすることなく、今だに大学で並みの給料をもらいながら生活しているのでしょうね。」

きつい言い方だと思われますか。ハーバード大学のマイケル・ポーター教授(そう、あの5フォース分析で有名なポーター教授です)の戦略コンサルティング会社であったモニター・グループは、結局経営破綻してしまいました。つまり、戦略をうまく論理化することと、それを実行することとは別物だということを、証明してしまう結果となったのです。

あなたのチームは戦略についてどう考えているでしょうか。将来作り出したいビジョンをもとに戦略を作っていますか。それとも現在手中にあるうまくいっているビジネスに縛られていますか。新たな戦略にそぐわなくなってきたビジネスがあれば、いくら現在うまくいっていたとしても、それを未練なくやめることができるでしょうか。損失に比べて得るものの方が大きい、といった妥当なビジネスリスクであれば、それを負うことにもオープンな姿勢で望めますか、それともリスクと聞いただけでためらってしまうでしょうか。戦略についてはどのような考えを持っていますか。

戦略的な考え方さえできるのであれば、今以上の戦略ツールなど必要ありません。現在持っているツールで十分ですし、自分で新しいツールを作り出すという手もあります。それをやってはいけないなどということはありません。ツール自体が必要ない、ということもあり得るのです。

戦略フレームワークに沿った答えを出すことは、初めてビジネスを学ぶ学生にでもできることです。しかし戦略的な考え方となると、こちらはそう容易なことではありません。ですから、良さそうな戦略ツールよりは、より良い戦略的な考え方をすることにエネルギーを使ってください。そうするために新しいツールが必要というわけではありませんし。

写真がカメラよりそれを取っている人に影響されるのと同じく、戦略も大切なのはツールではなく、戦略的考えをする人なのです。

あなたの会社では誰が戦略を練っていますか。

写真はカメラで作られるというのは幻想である・・・。写真は人の目と心と頭が作り出すものなのだ。 

– アンリ・カルティエ=ブレッソン(20世紀のフランスの写真家、国際写真家集団「マグナム・フォト」の創設者)

(写真:スティーブン・ブライスタイン 50年物のカメラと白黒フィルムにて撮影)


自分の会社に採用してもらえるかどうか

会社での重要な役職についてもらう優れた人材を見つけることに苦労なさっていますか。そういった時に、それは会社自体に魅力がないせいであると思い込む人がいますが、採用のプロセス自体そのものが、素晴らしい人材に来てもらうことを阻んでいるようなことがあることをご存知でしょうか。

あなたご自身がもし現在勤めていらっしゃる会社の仕事に応募しても、振り落とされる可能性があると思います。 Continue reading


さようなら、築地

10月6日木曜日、最後の鮪の競りを終えた築地市場は、その80年の歴史に幕を閉じた。魚市場は2キロほど離れた豊洲に移転し、10月11日にオープンすることになっている。

築地市場は鮪の競りで世界的に有名だが、それ以外にもユニークな点がある。アクセスの制限された内部の魚市場の周りには場外市場が広がり、そちらは一般の人達も訪れることができる。場外市場にひしめく小さな店や屋台の数は何百にも上るであろう。これらの店は魚市場に集まるバイヤーだけでなく、築地を訪れる観光客や一般の人々を顧客としている。

私は夜明けと共に築地市場まで足を伸ばし、写真を撮り、バラエティーに富んだ朝食を食べるのが好きである。そうやって足繁く通っているうちに私はいくつかの店の常連にまでなっていた。店主たちも、ライカM3カメラを手にして訪れては日本語で話しかけてくるアメリカ人に興味を持ってくれたようだ。そんな風に築地とは私にとっても、多くの人々にとってもかけがえのない場所なのである。

築地に起こっている変革は、企業でも見られる変革と何ら変わりない。それを拒む人もいれば、新しいチャンスにワクワクする人々や、とりあえず様子伺いをしている人々もいる。築地にも変革によって顧客を失うことを恐れて豊洲に移ろうとしない店主たちや、豊洲移転に対する反対運動を起こした人達、店を売り払ってしまった人々もいる。また同時に、豊洲移転をビジネスチャンスと捉えたり、それをきっかけに新しい事業を始めた人々も存在した。変革の捉え方は人によって様々だ、ということだ。

「憧れ」という日本語がある。英語でノスタルジアと訳されることがあるが、憧れには過去への想いというだけではなく、欲しいものとか切望とかいった意味合いもある。それには胸の痛みのようなものさえ感じられる。築地に特別な思い入れのある私のような人間は皆、今、そういった感情を胸にしているようだ。実際、私が築地で話しかけた人々からは、豊洲移転に対する意見には関係なく、憧れという共通の思いが伝わってきた。

組織改革においては、周りからの同意や同一のビジョン、まとまったアクションを求めがちである。しかし、どのような変革が提案されてもそれに対する個人の意見は様々であるし、変革へ適応するペースも全員違うものだ。

しかしながら築地と同じく、「憧れ」という感情は企業変革において共通して見られる。確かに大きなスケールの変革において、全員が同じ意見を持つようなことはあり得ないが、変革に影響される人々は皆、同様の「憧れ」を持つ筈である。例え改革に賛同している人々でも、無くなったものに対する思慕のようなものはいつでもあるものだ。

失ったものに対する心の痛みに気付くことは、それを乗り越えて将来に向かって進んで行くための唯一の方法であり、何ら間違ったことではない。 Click To Tweet

失ったものに対する心の痛みに気付くことは、それを乗り越えて将来に向かって進んで行くための唯一の方法であり、何ら間違ったことではない。しかし、改革を進めるリーダー達は、この「憧れ」という感情を無視してしまいがちである。

築地に思い入れのある人々は皆、憧れという共通の感情を抱いていると思う。私も間違いなくその一人であり、先週の土曜日には、魚市場がまだそこにあるうちに、最後にもう一度この目で見るために築地を訪れてみた。その日の築地はいつも以上に混んでおり、上空にはヘリコプターが飛び、地上ではテレビ局が実況を行っていた。スピーカーでは、魚市場が移った後も場外市場は築地にずっと残るというアナウンスがされ、そこにいる人々に築地を忘れないで欲しいと懇願しているようだった。

この先築地がどうなるのかは、誰にもわからない。日本食のメッカにするとか、魚市場のあった施設を2020年の東京オリンピック用の駐車場にするなどという話もすでに持ち上がっているらしい。何にせよ、時が経たなければわからないことであろう。

とりあえず私は築地に感謝の意を表したい。さようなら、築地。