有能社員と無能社員。誰の為に時間を使うべきか。

御社が企業責任の一環として、メンター制度を取り入れたとしましょう。そうすると、社内の異なった部署から豊かな知識を持つあなたのような人々が、高校生、大学生、もしくは学校を出て間もない若い社会人などに助言をする為に、給与なしで時間を割く事になります。もしボランティアとして名乗りを上げたメンターの手に負えないほどの数の若者達がいた場合、どのようにしてメンタープログラムの参加者を選択しますか。

私はこの質問をある日本企業のマネージャーの方々に投げかけてみました。その殆どからは、メンター制度の対象は精選するべきだとの答えが返ってきました。何人かは「候補者を面接し、学習意欲が高くコミュニケーション能力に優れた人、或いは過去の成功実績等のある人を選ぶべき」との意見。学校での成績に基づいての選択を推したマネージャー達もいました。あるマネージャーは書類試験の実施を提案したりもしていました。つまりどのマネージャーも、すでに優れた能力を所持し、実績のある若者の為に時間を使いたいと考えていたのです。

そこで私は聞いてみました。「逆にどうして弱点のある若者達のために時間を割こうと考えていらっしゃらないのですか。やる気に欠け、成績もぱっとせず実績もないような人たちのために。そういう人たちこそ助けがいると思われませんか。」

殆どのマネージャーは、そうは考えていませんでした。すでに能力のある若者の方が、メンター制度を実際に活用し、社会に貢献できる可能性も高いからです。

ところがこのほんの1日前の事、私がセールスマネージャーは営業チームの中でもトップの社員に時間を割くべきだと提案したとき、彼らは声を揃えてそれに反対していたのです。彼らの意見は、「マネージャーはその時間の8割を営業能力の低い社員のために使うべきだ。」というものでした。営業のできる社員に助けは必要ない、できない社員にこそ手を差し伸べるべきだ、との考えです。

そこで私は、このような例を挙げました。ノルマを100%達成している社員2人にマネージャーの殆どの時間を使ってあげれば、200%の達成も夢ではないが、代わりに80%しか達成できていない社員3人に時間を割いてあげても90%程度にまでしか伸びないかもしれないんですよ、と。

日本人のマネージャー達はそれでも、「君が言ってる事はアメリカ的で、日本ではうまくいかないよ。」と固執しました。果たしてそうでしょうか。アメリカ人マネージャーであっても、同じような答えが返ってくるような気がします。

ではメンター制度に関しては優秀な人に時間を割くべきだと言いながら、営業マネージャーのケースでは、逆に能力の低い社員により助けの手を差し伸べるべきだ、というのはどうしてでしょうか。その違いはどこにあるのですか、という私の問いに対し、あるマネージャーは、「目標が違うからですよ。片方は営業が目的、もう片方は社会貢献ですから。」と答えました。しかし次の「では営業業績の向上はどうです。営業がゴールの場合は、どうでもいいということですか。」という問いかけには、誰も答える事ができませんでした。

私の質問は続きます。「こういうことでしょうか。メンター制度の場合は、ご自分の時間を使われていますが、営業マネージャーの場合は、会社の時間を使っていらっしゃる訳ですよね。

じゃあちょと見方を変えてみましょう。あなた自身が会社を経営していると想像してみて下さい。つまりご自分がこの会社に金銭的なを投資されていらっしゃる場合です。経営者として、営業マネージャーにはどういった社員に時間をかけて欲しいと思われますか。」

ここでマネージャーの意見は急に逆転し、有能な社員にこそ時間をつぎ込むべきだ、ということになりました。

見方を変えれば見えてくる事もある、ということなのでしょう。