けがの功名

私はコロラドのロッキー山中の坂道で走り方というものを学びました。ロッキーというところは確かに美しいのですが、急な坂と高度であることが相まって、マラソンにはかなり辛いところです。そこで私の走り方が上達したのは、ゆっくり走るということを覚えたからです。

この8月のことですが、ニューヨークに行く予定があり、ニューヨーク好きの私はセントラルパークで走ることをとても楽しみにしていました。ヤンキーズのTシャツを身に着け、いつもロッキーで走るようなゆっくりのペースで走っていたので、人の目にも留まっていたでしょう。だってどんどん周りの人たちに追い越されていたのですから。

そこでエゴが出てきたのかちょっと傲慢になっていたのか、とにかく分別というものを忘れてしまったに違いない私は、スピードを上げることにしました。コロラドで走った後に海抜ゼロの平坦な道で走るのはちょろいもので、スーパーマンになったような気分だったのです。ところが本当にいい気分で走り続けていたのもつかの間、ふくらはぎの肉離れを起こしてしまいました。

このけがのせいで、数週間は走ることができませんでした。そのくらいで落ち込んでなるものかと、私はマラソンの練習に精を出していた間手を出していなかった他のスポーツをやってみました。そのおかげで持久力やバランス力がつき、また走れるようになった時には、以前より上達が見られ、またさらに健康になっていました。

もしあの時に負傷するという経験をしていなければどうだったでしょう。けがの功名という言葉どおり、ばかなことをすることが大きな成長のきっかけになることもあるのです。

ビジネスにおける成長も同じこと。私のクライアントである会社は、東南アジアの成長に目をつけ、その地域にビジネスを拡大したいと熱望していました。社は過去20年に渡る日本でのめまぐるしい経済の波にも揉まれるという経験をしていましたので、更に新しいマーケットに着手するのにも不安を感じていませんでした。

社長も傲慢になっていたのか、エゴが出てきていたのかもしれません。彼は周りからのアドバイスや様々な指標を全て無視し、東南アジアに工場を建てるよう指示しました。これはどう見ても軽率な決断でした。工場は瞬く間に赤字を出し、状況が好転するような気配も全然見られません。工場で必要とする原料の購入も10年間分契約済だったため、ここで工場を閉鎖すれば、赤字続きで工場を運営する以上に損失が出るという、とんでもない状況に陥ってしまったのです。

結果論から偉そうにあれこれ言う人たちが皆さんの周りにもいるかと思いますが、この時もこの会社の内外の関連者は、私に対し、社長が起こしたミスについてとくとくと説明しました。あの工場は最初から建てるべきではなかったと。確かにその通りだと思います。少なくともその理由付けには私も納得しました。

しかし、会社の場合でも、痛い思いを避けて通るよりは、痛い思いをした方が良くなっていくと私は考えます。この会社が社員に英語を学ばせようと躍起になっていた頃にはそれを馬鹿にしていたマネージャー達も、今では英語を勉強し、世界に通用するビジネススキルに磨きをかけています。その部下達も、それに習うようになりました。この東南アジア工場を守る為にさらに知識を積まざるを得なくなった営業スタッフは、結果、以前は視界に入っていなかった新しい市場やビジネス機会を見つけることができました。

社内には新しい活気が芽生え、それは数字にも出始めました。今ではまた同じ地域に新たな工場を建てる話まで出ているほどです。新しい工場ができればそこは最初から現工場よりうまく行く面が多いと推察されますね。

もし社長が最初に「正しい」決断を下し東南アジアの第一工場を建設しなければ、この会社の成長はもっと平凡なものになっていたでしょう。ひょっとしたら成長がストップしたり、下降線を辿っていたりしたかもしれません。

現在のビジネス界には、効率、理性、管理、予測可能性といった面を追求するよう教育されたマネージャー達が多くいます。我々は自分を疑い、過去の失敗を悔やみ、起こってもいないダメージを受けることを想像して、自分にストップをかけたりします。実際の人生にはアップダウンがあるものですが、逆にスムーズに少しずつ成長していく方を選びたがります。賢いマネージャーならそういう面に長けているべきでしょうが、優れたリーダーの場合はどうでしょうか。

傲慢だとかエゴの現れだとか言われるかもしれません。分別がないなどと言う人もいるでしょう。それでも時に人間というものは無性にやりたいことがでてくるものです。そうして我々はたまには向こう見ずな決定さえ下しては、その決定が及ぼす結果に対処することになります。

ビジネス上の決定を行わなければならない立場に立たされたら、とにかくその決定を下しましょう。本当に最適な決定かどうかを恐れすぎてはいけません。間違いを犯したり、失敗したり、ダメージを及ぼす結果になることも、それほど心配しないで下さい。ダメージを受けることがきっかけとなって、予想もしなかった大きな成長がもたらされることは多々あるのですから。